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月曜日。
今日からまた1週間仕事がんばるぞ!!!!
と思ったら、保育園から末っ子のお熱のお迎え要請。
朝はお客さんのところへ行き、成約手続き。
なんとか成約手続きは予定通りこなし、そのまま1度帰宅し、駅前の車をとりに行き保育園へ。
次女と三女を同じ保育園に預けているのでそのまま次女も一緒に連れて、薬局。
明日の長女と次女の遠足のおやつや、そのほか日用品を買って帰宅。
ちょっと家汚かったので掃除してお昼食べたのは14時…。
子どもたちは保育園で済ませていたので私だけお昼をとって、甘える末っ子をよしよしして、Netflixを見せていた次女が「テレビ壊れた〜」って映らなくなったテレビを直し、ちょっと仕事してお客さんに電話をかけて走行している間に次女と三女が寝て今。
仕事がんばるぞ〜って思った時に限って熱出すのなぜなの?w
意外と根性論が大事な時もある
さてさて。
なにかこうwww
最近余裕が出てきて、こうブログ書いたりTikTok投稿再開しようかな〜なんて思ってるのだけど。
今の仕事始まった当初から考えるとかなり乗り越えたなあ〜
私、高校生の頃からバイトも仕事もほんっとうに続かなくって。
若い頃はなんでこんなに続かないのか?
そんな自分が嫌になったりしていたんだけど。
今ならわかる。
・拘束時間
・人間関係
・体力
この3つ。
所定の時間、その場所にいて決まった人と仕事をすることが苦手。
まじでこれが無理で高校生の頃バイト長続きしなかった。
そして体力が本当になくて、ぐったり疲れてた。
今の仕事も最初は研修地獄。
机上研修を3ヶ月みっちり、7時間。
おまけに慣れない電車通勤。満員電車、乗り換え。
ストレス半端なくて、休みの日よく泣いてた。
元夫に当たってたwww
休みの日もなにもする余裕なくて、最低限の家事するので精一杯だったなー。
お昼頃まで寝てた。(子どもたちよ、ごめん…)
でも昔と違って、辞めるわけにはいかないのだ…。
なぜなら生活がかかっているから…。
営業活動始まったら始まったで、都内歩き回るからそれこそ気持ち的には切り替えがしやすくて楽だったけど、体力的にしんどかった。
これ大丈夫かな…
私持つのかな…
って不安だった。
何度も転職サイト眺めてた。
パートにしようか悩んだこともあった。
求人に応募して面談し、受かったところもあった。
でも話を聞くと、”違う”。
でもそんな状況の中でも仕事に行く。
いつの間にか慣れてた。
今じゃブログを書く余裕すらある。
人間すごいなー。
田舎で車移動が当たり前で歩かなかった私が、都内歩き回って電車で通勤して180度違う生活に適応したんだからwww
視点を変えて物事をみる
実は人間関係にも悩んでいた。
上司が厳しくて、キツイことを言ってくる。
新人で何もわからない、しかも細かい仕事もたくさんあって、一気にできなくて抜け漏れが多い私にイライラしたんだと思う。
だんだん私も嫌になって、仕事も楽しくなくて、やる気もなくて。
大事な期間なのにプレッシャーから逃げてた。
で、4月の中旬ごろ、支部長が育休に入るので思い切って相談した。
きっかけは週1でみんなでやる会議。私の活動について話し合う。
4月で人が2人新しくなり、初めての会議だったんだよね。
で、新しい人が仕切り出して、今までとは全く違う会議スタイルになったw
私も戸惑い、上司たちも戸惑い、最終的に「方向性の違い」って言って、私抜きで上司たちが擦り合わせしてまとまった。
私からするとあの時の空気は地獄そのものだったwww

なぜお偉いさんのケンカに巻き込まれないといけないのか…
その日の夜、私の不安が爆発して思い切って支部長に電話で相談した。
全てぶちまけた。
ここのところやる気が出ないことも、上司に不満があることもwww
・「俺の仕事は〇〇(私)さんをできるだけ長く会社にいてもらって、安定してもらうこと」
・「〇〇(私)の娘ちゃんも2人会ってるし、あの子達を路頭に迷わせたくは無い」
・「この期間、結果はどうであれやれるだけやってみて!それが後々の財産になる」
・「〇〇(上司)は確かに気難しいところはある。でも不器用なだけで部下を見捨てることとかは絶対にない」
主に言われたことはこんな感じだった。
まあ正直支部長の反応に不満だった。w
まあでもそうだよな…。って感想。w
確かに私にも悪いところはあった。
ちゃんと痛いところも突かれたw
でも同時に思った。
(これから先ここまで熱く思ってくれる上司、言ってくれる上司は出会うだろうか…?)
過去を振り返ると苦労したはずなのに全て宝
少し脱線するが、
仕事を辞めて後悔しているところが1箇所あって。
宮城の頃の別の保険会社。
そこは、また東京のこっちの営業スタイルとは全く違って、中小企業への法人営業が主。
そして車移動。そして港町。
同じ営業所のオバハンにいじめられてた私を気にかけて、支えようとしてくれた方。
「辞める」って言うと
「な〜に言ってんの、あなた才能あるわよ」ってよく励ましてくれた。
「この会社に長くいるだけでこんなに貰えるのよ」って自分の給料見せてきたこともあったwww
そして4桁…。私はあんな数字、あれから1度もみたことないw
あーだこーだ言いながら同行してもらった。
たくさん励まされた。
でも子どもで何にもわからなかった私は辞めてしまった。
今、あの上司に同行してもらいたくてもしてもらうことはできない。

2年後、仙台のカフェでばったり会ったwww
今でもあの時あの仕事をまだ続けていたら、どうなっていたんだろうって考える。
でもその経験があるから、今の仕事もなんだかんだ続けるんだろうなーって思う。
”挑戦”を選んで辛いのは最初だけ
子育てしながら仕事することが課題だった20代。
結婚、離婚、再婚も繰り返し、自分の足で立つことを覚えた。
誰かに支えられながら子育てをしながら専業主婦でのんびり生きようとした時もあった。
共働きでお互いに仕事、育児を分担しようとした時もあった。
パートで短時間働き、配信したり占いを仕事にしようとしたことも。
スキルアップのために勉強しながらパートしたことも。
全て違った。
たくさん試行錯誤し、自分に合うものを探し続けた20代だった。
今の仕事は確かに不満もある。
辛いことの方が多い。
上司も怖い。w
でも山は乗り越えられたと思う。
少しづつ自分でできることも増えて、まだ抜け漏れもあるけど、前ほどひどくないw(と思うw)
電車もわかってきて、〇〇線、〇〇線で理解できてきてる。
狭い道路の運転もだいぶ慣れた。
今日も契約もらえてまたお客さんが一人増えた。
提案や保全、開拓再訪はひとりでやってる。
契約とか大事なことは同行はしてもらうが、今日もたまに助けてもらうのみでほとんど私が進めていた。
一人でできることが増えてきたのも自信になり、やる気になってる気がする。
4月、5月、6月の3ヶ月間は選抜期間っていって、査定に乗るための大事な期間で。
プレッシャーもあるのに子どものお迎え要請もあったりでなかなかハードな感じだけど、最近は
「結果がどうであれ、やれるだけやって、無理だったら次を考えればいい。ここでまた逃げたらまた絶対後悔するから、自分が後悔しないために、やる」ってマインドで仕事してる。
あと、あんだけ厳しくて嫌だった上司、最近はその中の”愛情”と言うものが見えてきて。
今までいろんな上司に出会ってきた。
確かに3年前の、私のトンチンカンな言葉に、笑って「面白いね(?)」って皮肉なのか本当にそう思ってくれているのかわからない返答をしてくれる上司がいいもちろん。w
でも、新人の私に何も教えてくれず、いい年して社内で悪口言いふらす上司もいた。
嫌な仕事ばっかり押し付けてくる上司もいた。
でも、今の上司、確かにキツイことを言ってくるし、褒められたことって1回あるかな…?w
って感じ。
でも、丁寧に仕事は教えてくれる。
遠くても同行もきてくれる。
うん。慣れたってことだねwww
まじで通勤も研修も、辛くて泣いてたのになあ…
人間ってすげえ。適応能力半端ねえ。
”今”の大切さ
30歳になったけど、29歳の時に誓った「30代は仕事をがんばろう」
末っ子も今2歳。
まだまだ手がかかるけど、いつかは落ち着く。
次女があと2年で小学生。2年なんてあっという間だ…。
恋愛も、結婚も、仕事もたっくさん20代失敗してきた。お腹いっぱい。w
でも全て後悔はひとつもない。
自分のことを知れたし、同じ失敗を繰り返すことはない。
あーやばいまとまらないw
でも人生なんてあっという間。
”今”の時間は今しかない。
毎日当たり前に過ごしてるから忘れるけどね。
これ書いたの月曜日でこのまま下書きに入ったままだった(金曜日)
30歳の私の人生観
何度登場している私の大好きな本、『汝、星の如く』。
その中にこんな言葉がある。
「わたしは仕事をしていて、それなりに蓄えもある。もちろんお金で買えないものはある。でもお金があるから自由でいられることもある。たとえば誰かに依存しなくていい。いやいや誰かに従わなくていい」
30歳になった今、この言葉が昔よりずっとわかる。
私は20代で結婚も離婚も経験した。
子育てに必死だったし、人に頼ることもあった。
でも今は、自分で働いて、自分で選んで、自分で責任を取る人生を歩いている。
もちろんとても大変。
仕事も楽しいことばかりじゃない。
子どもは熱を出すし、上司は怖いし、電車は混む。w
それでも私は今の人生が好き。
あの頃の私は、
「仕事が続かない自分」
を責めていた。
でも今振り返ると、続かなかったことも、逃げたことも、遠回りしたことも全部必要だった。
だからきっと人生に無駄な経験なんてない。
苦しかった出来事も、
後から振り返れば人生を動かすきっかけになる。
元夫からの振り込みが止まった時、
私は人生終わったと思った。
でも違った。
あれは終わりじゃなくて始まりだった。
東京に来て、
営業を始めて、
毎日必死に働いて。
気付けば少しずつ、自分の足で立てるようになっていた。
自立は自由。
30代は仕事を頑張りたい。
未来の私がこの記事を読んだ時、
「あの頃頑張ってたな〜」って笑えたらいいなと思う。
だから私はブログを続ける。
2026年の30歳の私にタイムスリップできるように。

だからインスタもひっそりやり直ししてる…♡
▼誕生日当日、上野で呑んだ日。

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